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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)12588号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人

小林優

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

池野徹

市川一雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉と、当事者間に争いのない事実を合わせると、本件の経過は次のとおりであつたことが認められる。これに反する原告本人の供述は採用しない。

1  原告は、昭和五三年春ごろ伊勢丹のバーゲンセールで一着五〇〇〇円相当というブラウス二着を一着二九〇〇円で購入し、同年一二月にその一着を三回ほど着てから洗濯したところ、異常に縮んで着用できなくなつたので、昭和五四年一月一二日に消費者センター支所に右二着を持参した。そして、同センター支所の職員から洗濯した方のブラウスが胸囲で約八センチメートル縮んでいることを確認してもらつた上で、一着五〇〇〇円相当の縮まないブラスス二着と取り替えてほしい旨申し出た。同センター支所の職員は、右苦情処理のために現品を預かりたい旨求めたところ、原告は当初は若干ためらつていたものの、結局これを承諾して本件ブラウス二着を同センター支所に預けた。

2  消費者センターは、被告が設置する下部機関であり、消費者が商品を購入し又はサービスを利用する場合に生じる品質、性能、計量、量目、価格、料金、表示等に関する苦情相談を受け付けてこれを適正迅速に処理すること(消費者相談)を事業内容の一つとしている。右消費者相談については、内規として消費者相談実施要領が定められており、これによれば、苦情相談の処理上特に必要があると認められる場合には商品テストを行い、そのテストは他の試験研究機関に委託することもできることになつている。

3  同年一月一六日、消費者センター支所から伊勢丹に苦情内容を伝えたところ、現品を見せてほしいといわれ、同日本件ブラウス二着を伊勢丹に引き渡した。同センター支所では、従前から、信用のあるデパートなどの場合には右のような引渡しの求めに応じる例が多かつたので、本件でもあらかじめそれについて原告の承諾を求めることをせず、同月一九日に事後連絡のため電話をしたが不在で通じなかつた。

4  同月二五日、伊勢丹から消費者センター支所に対し、本件ブラウス二着のうち新品のものについてテストをしてみたいとの申出がなされた。同センター支所の職員は、原告が本件ブラウスの取替えを希望していることや、洗濯した方のブラウスの縮み方からみてテストの結果が原告に不利になるとは考えられず取り替えることになるものと予測されたことなどから、原告に断わることなく、右申出に同意した。右新品のブラウスは伊勢丹からメーカーである片倉工業株式会社を経て繊維製品の中立的検査機関として実績のある検査協会にテストが委託され、その結果、収縮率はデパート等の品質基準とされている三パーセント以内であると判定された。同年二月三日、伊勢丹は、右判定結果を消費者センター支所に通知するとともに、原告が洗濯したブラウスは脇下などに縫製不良個所があるので、原告には本件ブラウス二着分の購入代金五八〇〇円を返したい旨申し出た。同センター支所は、原告との電話連絡がとれなかつたので、同月一六日葉書でその旨を伝えたところ、原告は、自分に無断で本件ブラウスを伊勢丹に引き渡したことが不満であるとして、有楽町にある同センター本所に苦情を申し込んだ。そして、その後、原告、伊勢丹、消費者センターの三者間で何回にもわたり折衝が行われたが、本件ブラウスは四年前に製造販売されたものの余分をバーゲンセールに出したもので同一品は既になく、また、同一の生地を入手することも困難であることが判明したので、伊勢丹及び消費者センター側では、購入代金五〇〇円と本件ブラウス二着を原告に返還すること、あるいは同種生地による他のブラウスの中から代替品をえらぶことを提案したが、原告は前者についてこれを拒否し、後者については本件ブラウスの生地、柄、形に較べると気に入るものがないとのことで行きづまつた。そして、原告からはこれに代わる具体的要求が明らかにされないまま専ら消費者センター支所の措置に対する非難が強調され、結局、本訴提起に至つた。

5  原告は、当時六〇歳近くであり、職業に就いていたわけではなく、また、特殊な社交を必要とする立場にあつたものでもない。

二以上の事実に基づいて考えると、消費者センターの苦情相談の処理が相談者の意見を尊重して行われるべきものであることはいうまでもなく(前掲消費者相該実施要領第六参照)、同センター支所の職員が原告から預つた本件ブラウスを無断で伊勢丹に引き渡し、かつ、その商品テストに同意したことは批判を免れない。しかし、本件の場合、右の引渡自体はそれにより直ちに原告に具体的不利益をもたらすおそれのある行為ではない。また、商品テストは、原告所有のブラウスに物理的変化を生ぜしめるものではあるが、本件の苦情処理上はいずれにしても必要な措置であつたと認められるうえ、洗濯したブラウスの縮み方からみると新品のブラウスも今後着用できるものとは期待できず、原告自身その取替えを要求していたこと、更に、本件ブラウスと同じブラウスが現存しなくなつているとしても、ブラウスそのものがありふれた品物であることや本件ブラウスの購入価格からいつて、ほぼ同等の代替品をえらぶか、あるいは購入代金相当額を返還することによつて容易に解決をみるのが通常であるといえることなどの諸点を考慮すると、本件の事情の下で消費者センター支所の職員が本件ブラウスの商品テストに同意したことをもつて社会生活上公共的機関の行為として是認され得ないものであると評価することは相当でない。結局、同センター支所の措置には違法性を認めることができないというべきである。

三以上により、原告の請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁)

謝罪文〈省略〉

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